大阪・まち・再発見・ぶらりウォーク第2回“初夏の水都大阪「なにわの渡し」めぐり”を開催します

[平成29年5月17日]


地下鉄沿線を歩いて再発見! 2014年度から始まり、ご好評を頂きました「大阪・まち・再発見ぶらりウォーク」。 2017年度の第2回目は“初夏の水都大阪「なにわの渡し」めぐり”と題して実施いたします。 みなさま、お気軽にご参加ください。(主催:大阪市交通局難波駅務運輸)

※2017年度実施予定のコース一覧

 

大阪・まち・再発見・ぶらりウォーク

【第2回】

 “初夏の水都大阪「なにわの渡し」めぐり” ≪約14キロ 家族向き 街歩き≫

 

実施日

平成29年5月27日(土曜日)

 

雨天決行(気象警報が発令もしくは恐れがある荒天時は、中止とさせていただきます。)

※ 中止時は、朝7時に地下鉄各駅の改札付近にポスターを掲出します。

※ 朝8時からは、市営交通案内センター 電話06-6582-1400(8時から20時)でもお問い合わせが可能です。

 

集合(受付)時間

9時30分~10時00分

 

集合(受付)場所

大阪市営地下鉄 長堀鶴見緑地線 大正駅 改札前フロアー 【スタート】

大正駅構内図


コース概要

 大正駅【スタート】 ⇒ 落合上渡船場 ⇒ 落合下渡船場 ⇒ 千本松渡船場 ⇒ 木津川渡船場

 ⇒ 船町渡船場 ⇒ 千歳渡船場 ⇒ 甚兵衛渡船場 ⇒ 朝潮橋駅7号出入口【ゴール】(約14.2キロメートル)

 

費用:渡船の乗船料金は無料です。

 

予定であり天候や道路工事等の関係でコースを変更することがあります。

 

参加方法

(1)各開催日の受付時間(9時30分~10時)に出発駅のスタート受付でコースマップと缶バッジをお渡しします。

(2)コースマップと矢印を頼りに史跡・旧跡を訪ねながらゴールとなる駅を目指していただきます。

【ゴールポイントは16時(通常は15時30分)をもって終了いたします。あらかじめご了承ください。】

 

参加費

無料。ただし交通費、拝観料等は各自でご負担ください。

費用:渡船の乗船料金は無料です。

 

持ち物

歩きやすい服装・弁当・飲み物・雨具など。

 

その他【注意事項】

  1. 健康状態がすぐれない方は、ご遠慮ください。
  2. 天候等の理由により、コースを変更することがあります。
  3. 参加者のけがや他に与えた損害等については、主催者は一切責任を負いません。万一生じた場合は、参加者の負担となります。
  4. 定められたコースから離れる場合は、棄権されたものとみなします。
  5. 道いっぱいに広がると他の歩行者や車両の妨げになります。
  6. 歩行喫煙やたばこのポイ捨てはやめましょう。
  7. ごみ・空き缶等は各自で持ち帰りましょう。
  8. 交通ルールを守りましょう。
  9. 神社仏閣をお参りの際は、参拝のルールをお守りください。
  10. 係員の指示に従わない場合は、参加者とみなしません。

 

◆ お問い合わせ  市営交通案内センター  電話06-6582-1400(8時から20時 )

 

参考:今回の見どころ

【 大阪の渡船 】

   現在大阪市内には、市の運営する8か所の渡船場があり、15隻の船が地域の多くの人々に利用されています。古来数多くの川が流れ、水の都と呼ばれた大阪には、人々の往来のための渡船場が各所にありました。当初民間によって営まれていた渡船は、明治24年に大阪府が「渡船営業規則」を定め「監督取締り」を行うようになり、明治40年には安治川、尻無川及び淀川筋の29渡船場については市営事業として市が管理することになりました。

   大正9年4月、旧道路法の施行により渡船は無料(現在も大阪市の渡船は全て無料です。)となり、昭和7年4月以降はそれまでの請負制を改め、ほとんどが市の直営方式になりました。そして昭和10年頃には渡船場31か所、保有船舶数69隻(機械船32隻、手漕ぎ船37隻)、年間利用者は歩行者が約5752万人、自転車等が約1442万台を数えました。

   しかし、その後橋梁の架設など道路施設の整備に伴って次第に廃止され、特に昭和20年には戦災によってその多くを失いました。昭和23年に15か所で再開されましたが、戦災復興とともに道路をはじめとする都市施設が整備され、モータリゼーションの進展もあって、渡船の利用は次第に減少し、昭和53年には渡船場12か所、利用者数約250万人に、平成27年度では8か所約187万人になっています。

(大阪市HP及び各渡船場の説明板から)

 

【 落合上(おちあいかみ)渡船場 】

   落合上渡船は、大正区千島1丁目と西成区北津守四丁目を結んでいます(岸壁間100メートル)。

   大正側は旧町名を「新炭屋(しんすみや)町(ちょう))」と言い、宝暦13年(1763年)に大坂瓦町居住の炭屋三郎兵衛によって開発された「炭屋新田」のあったところです。明治以降も鉄工所や造船所等の企業が立地するとともに、北方の三軒家方面へ道が延びていました。

 また、関西随一の木材市場を支えた「大正運河」(現在は埋め立てられ千島公園の下になっています)の木津川入口もこの渡しの南側にありました。

上流にある木津川水門(防潮)は、常時開いているが、毎月1回程度開閉試験」運転のため閉められます。

 平成27年度現在、1日平均534人が利用している。

落合上(おちあいかみ)渡船場

 

【 落合下(おちあいしも)渡船場 】

   大正区千島1丁目と西成区北津守四丁目を結ぶ(岸壁間100メートル)落合下渡船場は、開設時期は明確ではないものの、天保10年(1839年)の「大坂(おおさか)湊(みなと)口(くち)新田(しんでん)細見図(さいけんず)」にも「ワタシ」の表示が見えます。

   対岸の「津守」には、津守新田の産土神を祀る、「津守神社」があります。津守の名称は古く「万葉集」にも見えます。

   また、大正区側の「平尾」の町名は明和8年(1771年)に開発された「平尾新田」に由来します。

   このあたりは、毎年10月から翌年4月にかけて、数百羽のユリカモメが飛来します。

 平成27年度現在、1日平均419人程度が利用している。

落合下(おちあいしも)渡船場

 

【 千本松(せんぼんまつ)渡船場 】

   このあたりは木津川の川尻に近く、江戸時代には「北前(きたまえ)船(ぶね)」をはじめ諸国の船が盛んに出入りしました。幕府は、舟運の安全のため、大阪市章のもととなった「澪標(みおつくし)」を数多く設置するとともに、防波堤として、天保3年(1832年)には長さ1.58キロメートルに及ぶ大規模な石の堤を築かれました。

 千本松の名は、この堤防に植えられた松並木によっていて「摂津(せっつ)名所(めいしょ)図会(ずえ)大成(たいせい)」に「洋々たる蒼海(そうかい)に築出せし松原の風景は彼の名に高き天橋立、三保の松原なども外ならずと覚ゆ…」とあります。

 昭和48年(1973年)に千本松大橋が完成しましたが、現在も渡船は通勤通学の貴重な交通手段として、大正区南恩加島1丁目と西成区南津守二丁目を結び(岸壁間230メートル)運行されています。

 大正区側の「南(みなみ)恩(お)加(か)島(じま)」の町名は文政12年(1829年)に開発された「南恩加島新田」に由来しています。

 平成27年度現在1日平均約1087人が利用している。

千本松(せんぼんまつ)渡船場

 

【 木津川(きづがわ)渡船場 】

   大正区船町1丁目と住之江区平林北1丁目を結んでいます(岸壁間238メートル)。昭和30年からカーフェリーを運航し乗用車から大型トラックまで運搬し得る能力を持っていたが、上流部に千本松大橋が開通し、今は人と自転車のみを運ぶ渡船となっています。大正区戦災復興事業によって、区内にあった木材関連施設を住吉区(現住之江区)平林へ移転することになり、これに伴い利用者の便に供するため渡船の運行を始めました。

   水が綺麗になったためか、渡り鳥が飛来し毎年10月から翌年4月にかけて魚をとる姿が見られます。

 平成27年度現在1日平均約195人が利用している。唯一の港湾局管理の渡船です。


木津川(きづがわ)渡船場

 

【 船町(ふなまち)渡船場 】

   船町渡船場は、大正区鶴町1丁目と同区船町1丁目を結んでいます(岸壁間75メートル)。この渡船がある「木(き)津川(づがわ)運河(うんが)」は大阪港の第1次改築工事(明治30年~昭和3年)による埋立地として「船町」「鶴町」「福町」が造成されたのと合わせて、木津川と尻無川を連絡するため昭和4年に開設されました。

   昭和初期には、渡船の北岸の「鶴町」には、市電鶴町車庫や外資系の自動車工場等があり、南側の「船町」には伊丹空港の前身である木津川飛行場や造船所等がありました。

   平成27年度現在、1日平均約193人程度が利用している。

船町(ふなまち)渡船場

 

【 千歳(ちとせ)渡船場 】

   鶴町地域は、大阪市の築港計画(明治30年~昭和3年)によって埋立てられ、大正8年には万葉集の歌に因み「鶴町」と名づけられました。当地と対岸にあった千歳新田(現在は大部分が大正内港となっています)を結ぶ橋として、大正11年に旧千歳橋が架けられ市電も運行されていましたが、大正内港工事のため昭和32年に橋は撤去されこの渡船場が設けられました。

   渡船は大正区鶴町4丁目と同区北恩加島2丁目を結んでいます(岸壁間371メートル)。

   鶴町側からは、多くの船が浮かぶ大正内港のかなたに、昭和山(標高33メートル)や千島団地等が眺められ、尻無川の広々とした加工風景ともあいまって、ウオーターフロントの美しい景観となっています。

   平成15年4月には、この渡しの上を全長1,064メートル、海面からの高さ28メートルの新「千歳橋」が完成し大正区の新たなランドマークとなっています。

   平成27年度現在1日平均約636人が利用している。

千歳(ちとせ)渡船場

 

【 甚兵衛(じんべえ)渡船場 】

   昔、尻無川の堤は紅葉の名所でした。「摂津(せっつ)名所(めいしょ)図会(ずえ)大成(たいせい)」に『この河の両堤に黄櫨(はぜ)の木を数千株うえ・・・紅葉の時節にいたりては川の両岸一円の紅(くれない)にして川の面に映じて風景斜ならず河下に甚兵衛の小屋とて茶店あり 年久しき茅屋(ぼうおく)にして世に名高し』とあります。この甚兵衛渡しの小屋は「蛤(はまぐり)小屋(ごや)」と呼ばれて、名物のしじみ、はまぐりを賞味する人が絶えなかったそうです。

   大正区側の「泉(いず)尾(お)」の町名は、元禄15年(1702年)の開発された「泉尾新田」によりますが、その名称は開発者の出身地(和泉(いずみ)国踞尾(つくの)村)に由来しています。(現堺市津久野町)

   大正区泉尾七丁目と港区福崎一丁目を結び(岸壁間94メートル)、朝のラッシュ時は2隻の船が運航しています。

   平成27年度現在1日平均約1288人が利用している。

甚兵衛(じんべえ)渡船場

 

ゴール到着予想時間 14時30分~15時30分ごろ(ゴール受付は16時まで、ゆっくりとお楽しみください。)

【大阪市交通局】 〒550-8552 大阪市西区九条南1丁目12番62号(地図)   電話番号:(各担当の電話番号等はこちらから  
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