大阪・まち・再発見・ぶらりウォーク第6回「 堺の町並みと古墳群をめぐる」を開催します


[平成29年11月14日]


地下鉄沿線を歩いて再発見!
2014年度から始まり、ご好評を頂きました「大阪・まち・再発見ぶらりウォーク」。

2017年度の第6回目は“堺の町並みと古墳群をめぐる”と題して実施いたします。
みなさま、お気軽にご参加ください。(主催:大阪市交通局難波駅務運輸)

※2017年度予定のコース一覧
 

大阪・まち・再発見・ぶらりウォーク
【第6回】
 “堺の町並みと古墳群をめぐる” ≪約12.3キロ 家族向き 街歩き≫

 

実施日
平成29年11月25日(土曜日)


雨天決行(気象警報が発令もしくは恐れがある荒天時は、中止とさせていただきます。)
※ 中止時は、朝7時に地下鉄各駅の改札付近にポスターを掲出します。
※ 朝8時からは、市営交通案内センター 電話06-6582-1400(8時から20時)でもお問い合わせが可能です。


集合(受付)時間
9時30分~10時00分


集合(受付)場所
大阪市営地下鉄 御堂筋線 なかもず駅 改札前フロアー 【スタート】
 

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コース概要
なかもず駅6号出口【スタート】 ⇒ 
⇒ 百舌鳥古墳群(御廟山古墳・いたすけ古墳等) ⇒ 大仙公園(トイレ)  ⇒ 仁徳天皇陵(トイレ)
 ⇒ 堺市役所21階展望ロビー(トイレ) ⇒ 与謝野晶子生家跡 ⇒ 千利休屋敷跡
 ⇒ さかい利晶の杜(与謝野晶子記念館・千利休茶の湯館・トイレ) ⇒ 旧堺燈台
 ⇒ 住之江公園駅4号出入口【ゴール】(約12.3km)


費用:さかい利晶の杜(与謝野晶子記念館・千利休茶の湯館) は有料施設です。

        施設の詳細、料金等は、さかい利晶の杜ホームページ http://www.sakai-rishonomori.com/  をご覧ください。


予定であり天候や道路工事等の関係でコースを変更することがあります。

 

参加方法
(1)各開催日の受付時間(9時30分~10時)に出発駅のスタート受付でコースマップと缶バッジをお渡しします。
(2)コースマップと矢印を頼りに史跡・旧跡を訪ねながらゴールとなる駅を目指していただきます。

※ 2017年度からスタンプカードを導入しました。ぶらりウォークご参加1回ごとにゴールでスタンプ1個を捺印します。通算で4回、7回(第5回ぶらりウォーク中止のため8回から変更)ご参加いただいた方には記念品を進呈いたします。初めてご参加の方、スタンプカードをお持ちでない方はゴールで配布いたします。


【ゴールポイントは15時30分をもって終了いたします。あらかじめご了承ください。】


参加費

無料。ただし交通費、拝観料等は各自でご負担ください。

 

持ち物
歩きやすい服装・弁当・飲み物・雨具など。


その他【注意事項】
 
1.健康状態がすぐれない方は、ご遠慮ください。
2.天候等の理由により、コースを変更することがあります。
3.参加者のけがや他に与えた損害等については、主催者は一切責任を負いません。万一生じた場合は、参加者の負担となります。
4.定められたコースから離れる場合は、棄権されたものとみなします。
5.道いっぱいに広がると他の歩行者や車両の妨げになります。
6.歩行喫煙やたばこのポイ捨てはやめましょう。
7.ごみ・空き缶等は各自で持ち帰りましょう。
8.交通ルールを守りましょう。
9.神社仏閣をお参りの際は、参拝のルールをお守りください。
10.係員の指示に従わない場合は、参加者とみなしません。


◆ お問い合わせ  市営交通案内センター  電話06-6582-1400(8時から20時 )


参考:今回の見どころ

 

【 百舌鳥古墳群 】

   百舌鳥古墳群は、堺市内の東西・南北約4キロメートルの範囲に広がる古墳群です。古墳時代、この一帯には100基を超える古墳が造られました。しかし、都市化の進展などによってその多くが失われ、現在は4世紀後半から6世紀前半に造られた44基の古墳が残っています。その中には、世界最大級の墳墓・仁徳天皇陵古墳をはじめとする巨大前方後円墳などが含まれており、日本の古墳文化を物語る貴重な遺産です。

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【 堺市役所21階展望ロビー 】

   堺市役所の最上階を展望ロビーとして開放されている。地上80mに位置するフロアは全方向の大きな展望窓があり、360度が見渡せて絶景の一言。眼下には世界最大規模の前方後円墳・仁徳天皇陵古墳の全景なども一望できる。


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【 与謝野晶子生家跡 】

   大道筋沿いに歌集「みだれ髪」などで知られる女流歌人・与謝野晶子の生家跡の碑と歌碑がある。与謝野晶子は明治11年(1878)、堺の老舗菓子屋・駿河屋の三女として誕生した。17歳頃から在阪の文学会に入って歌を詠み始め、明治33年(1899)、与謝野寛(鉄幹)と出会い、結婚。上京する翌年までの23年間、ここ堺で過ごしていた。生家跡の石碑の隣には「海恋し潮の遠鳴り数えつつ少女となりし父母の家」と刻まれた歌碑も建てられている。堺市内には、ゆかりの歌碑や像が多数点在し、与謝野晶子ファンが全国から訪れる。

  

 

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【 千利休屋敷跡 】

   さかい利晶の杜の横に、わび茶を大成した千利休が生まれた屋敷跡と、茶の湯に常用していたといわれる椿井がある。千利休は大永2年(1522)、堺の裕福な町衆魚屋「ととや」の長男として生まれた。17歳の時、北向道陳(きたむきどうじん:1504-1562)に茶湯を学び、後に武野紹鴎(たけのじょうおう:1502-1555)に師事。同じく堺の豪商・今井宗久の推薦で、織田信長や秀吉の茶頭として仕えた。北野の大茶会を取り仕切るなど、天下一の茶匠として権勢を振るったが、天正19年(1591)2月28日、秀吉の怒りをかって自刃した。享年70歳だった。現在の茶道千家の始祖で、今も茶聖として敬われている。

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【 さかい利晶の杜(与謝野晶子記念館・千利休茶の湯館) 】

   さかい利晶の杜は、堺の偉大な先人、千利休と与謝野晶子の生涯や功績にふれながら、茶の湯体験ができたり、市内の観光情報を入手できたりと、いろいろな楽しみ方ができる施設です。

 

「与謝野晶子記念館・千利休茶の湯館」
   与謝野晶子記念館は『みだれ髪』にはじまる多くの詩歌集を出版し、また『源氏物語』の現代語訳や、社会問題、教育問題にかかわる評論活動まで行い、明治・大正・昭和という激動の時代にあって、常に新しい世界に挑戦し、表現し続けた晶子の姿を紹介する文学館です。
   千利休茶の湯館は「千利休と堺のまち」「千利休と茶の湯」「千利休とその後」の3コーナーから、利休や堺のかかわりを読み解くミュージアムです。利休や堺のまちと天下人とのつながりや、利休によって革新・大成された茶の湯(わび茶)のありようを分かりやすく紹介します。


※施設の詳細、料金等は、さかい利晶の杜ホームページ

http://www.sakai-rishonomori.com/  をご覧ください。

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【 旧堺燈台 】

   明治10年(1877)、旧堺港の突端に建築された旧堺灯台は高さ11.3m。現存する木造洋式灯台としては、旧安乗埼灯台、福浦灯台と並ぶもっとも古いもののひとつだ。ペリー来航に伴う開国で、外国船が安全に航海できるよう各地に灯台がつくられた際のもの。設計はイギリス人技師のビグルストンによるもので、建築費は市民の寄付などで賄われた。当初は灯油ランプが使われ、緑色を帯びた光がはるか沖まで届いたとか。しかし臨海部の埋め立てが進み、昭和43年(1968)にその役目を終えた。現在は保存修理され、往時の姿が甦り、国の史跡に指定されている。 image7.jpeg


 

ゴール到着予想時間 12時30分~13時30分ごろ(ゴール受付は15時30分まで、ゆっくりとお楽しみください。)


【大阪市交通局】 〒550-8552 大阪市西区九条南1丁目12番62号(地図)   電話番号:(各担当の電話番号等はこちらから  
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